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【事例紹介】知的障害がある児童生徒を対象とする道徳の授業【考え方】

特別支援学校学習指導要領にある「特別の教科 道徳」

特別支援学校幼稚部教育要領 小学部・中学部学習指導要領には下記の通りの記載があります。

学習指導要領 P192 特別の教科 道徳

小学部又は中学部の道徳科の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,それぞれ小学校学習指導要領第3章又は中学校学習指導要領第3章に示すものに準ずるほか,次に示すところによるものとする。

1 児童又は生徒の障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服して,強く生きようとする意欲を高め,明るい生活態度を養うとともに,健全な人生観の育成を図る必要があること。

2 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間,特別活動及び自立活動との関連を密にしながら,経験の拡充を図り,豊かな道徳的心情を育て,広い視野に立って道徳的判断や行動ができるように指導する必要があること。

3 知的障害者である児童又は生徒に対する教育を行う特別支援学校において,内容の指導に当たっては,個々の児童又は生徒の知的障害の状態,生活年齢,学習状況及び経験等に応じて,適切に指導の重点を定め,指導内容を具体化し,体験的な活動を取り入れるなどの工夫を行うこと。

特別支援学校の先生方は、上記の内容を頼りに、個々の児童生徒の実態に応じた道徳の授業を形にするというミッションがあります。

特に、知的障害の程度が中度・重度の児童生徒の場合、道徳の授業をどのようにしたらいいのか、とても判断が難しいです

この記事では青マーカーの箇所を踏まえ、集団での道徳の授業を形にした事例を紹介します💡

なお、道徳の内容項目については、学習指導要領解説「特別の教科 道徳編」(小学校中学校)をご参照ください。

下のファイルは、内容項目を一覧化し、内容項目の要点を把握できるように作成したツールです。

道徳科の目標から読み取れる、学習の3ステップ

道徳科の目標 小学校学習指導要領

第1章総則の第1の2の(2)に示す道徳教育の目標に基づき,よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。

道徳科の目標 中学校学習指導要領

第1章総則の第1の2の (2) に示す道徳教育の目標に基づき,よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に自己を見つめ,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを深める学習を通して道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。

学習指導要領に記載されている目標を読むと、黄色 ⇒  ⇒ のように大きく3つのステップがあることが分かります。

道徳科の目標から読み取れる3ステップ
  1. 道徳的諸価値について理解する
  2. 見つめたり、考えを深める過程(学習活動)がある
  3. 判断力、心情、実践意欲と態度として現れる
    ※「学習したら直ちに」のような近視眼的な視点を持たないことが大切です。

なお、「学習したら直ちに行動として表現されなければならない」など結果を焦らないことが大切です💡

中度・重度の知的障害がある児童生徒の道徳的諸価値の理解とは??

知的障害がある児童生徒の学習上の特性としては以下のようなことが示されています。

知的障害のある生徒の学習上の特性としては,学習によって得た知識や技能が断片的になりやすく,実際の生活の場面の中で生かすことが難しいことが挙げられる。そのため,実際の生活場面に即しながら,繰り返して学習することにより,必要な知識や技能等を身に付けられるようにする継続的,段階的な指導が重要となる。生徒が一度身に付けた知識や技能等は,着実に実行されることが多い。

また,成功経験が少ないことなどにより,主体的に活動に取り組む意欲が十分に育っていないことが多い。そのため,学習の過程では,生徒が頑張っているところやできたところを細かく認めたり,称賛したりすることで,生徒の自信や主体的に取り組む意欲を育むことが重要となる。

さらに,抽象的な内容の指導よりも,実際的な生活場面の中で,具体的に思考や判断,表現できるようにする指導が効果的である。

知的障害のある生徒の学習上の特性等 特別支援学校学習指導要領解説 知的障害者教科等編(上)(高等部)平成31年2月

このことから「中度・重度の知的障害がある人が、抽象化・概念化された道徳的諸価値を理解することはどこまでできるのだろうか?」という疑問が湧くのは自然なことのように思います。

ここで立ち止まって考えることは大切なことですが、前に進みにくくなってしまう可能性があります。

そこで大事なのは大局観(大きい目線)で捉えるということです。

教材や学習活動の工夫で「判断力、心情、実践意欲と態度」は育める!

「道徳的価値の理解が成立しているか」を突き詰めていくと答えをだすのが大変難しいと思います。

しかしながら、

  1. 授業の中で本人なりに道徳科の見方・考え方を働かせる
  2. 授業を踏まえて、学校教育全体の中で道徳科の見方・考え方を働かせるように関わる

このプロセスで、道徳的判断力、心情、実践意欲と態度が育っていることがわかる具体的な場面に出会える可能性は高まると考えられます。

※すぐには具体的な場面に遭遇できないかもしれませんが、少なくとも学習活動の中で本人が向き合っている様子を見取ることはできます。

資料引用元:熊本県ホームページより。(PDFファイル

障害特性を考慮した授業づくり3つのポイント

道徳の教材といえば、読み物をイメージされる方が多いと思います。
読み物教材を使って授業を進める時には、次のような状況が起こり得ます。

読み物教材の難しさ
  • 登場人物になじみがないので自己投影が難しい(自分と重ねて考えにくい
  • 出来事や時間の流れを把握して考えることが難しい(読んで主題を把握することが難しい
  • 登場人物やその背景となる物事が複数提示されると、それぞれの解釈が必要となるため、考えて関連づけることが難しい(抽象的・論理的思考が難しい

そこで、上記の点を考慮した教材を準備することが必要です。

障害特性を考慮した授業づくり3つのポイント
  1. 児童生徒自身の経験を題材にする(自分事なので、写真や動画で思い出せるようにする)
  2. 身近な人(先生)による役割演技で主題を伝える(登場人物の気持ちに関心が向きやすい)
  3. 学習グループ全員が共有している経験を題材にする(他者への関心も向きやすい)

知的障害教育に係わったことがある先生であれば、特別に新しいことはないと思います💡

【実践事例】特別支援学校中学部で実施された集団での授業

紹介する事例はこちらの論文です。

知的障害特別支援学校中学部での道徳的価値を育む授業づくり-「特別の教科 道徳」における授業内容設定の考え方と代弁的・翻訳的な(補助自我)支援の在り方-
日置健児朗・本吉大介・今井伸和・高崎文子
熊本大学教育実践研究,第38号,123-128,2021

他教科等と道徳の項目を関連させた題材設定と授業形態

各教科や生活単元学習、行事等と小学校学習指導要領「特別の教科 道徳」の内容項目を、中学部のカリキュラムと照らし合わせ、体験的な内容が含まれる学習や行事等を選定した。

学習指導要領の記載にある「指導の重点を定め,指導内容を具体化し,体験的な活動を取り入れるなどの工夫を行うこと」を考慮していることが分かります。

授業で経験したことの中で記憶に新しいことや、相手を意識した関りが多いものを検討し、題材を設定した。また、意見交換をして共感し合えるように、全員参加18名の一斉授業を基本とした。

題材によっては、より丁寧に自分自身を振り返ったり、他者の心情を理解するためにロールプレイを取り入れたりしながら、考えを深められるよう、単元の中にグループ別の時間も設定した。

生徒同士が共有している学校場面を題材として、他の生徒の道徳的判断、心情、実践意欲と態度に気づき、声をかけあえるような授業づくりの工夫がなされています。

自分の気持ちに注目できるように少人数のグループで実施する時間も設定しています。

【中度・重度の生徒】代弁的・翻訳的支援など表現を支援

心理劇の手法(補助自我)を応用し、教師が生徒の内面の気持ちを代弁したり、考えを整理して翻訳的な役割をしたるするようにした。

自分の考えや気持ちを表現することが難しい生徒に、教師が気持ちを表す語彙などを提示して表出のきっかけを作ったり気持ちや考えを整理してまとめたりすることができるようにした。

心情カードを活用して、自分の気持ちを表情や色から選択できるようにした。

「教師が言語化していいのか?教え込んでいることにはならないか?」葛藤しました。
あくまでも、気持ちに気付いたり、言語化したりする補助というスタンスです。

「違う」様子であれば、そこから始まる対話の中で自分との向き合っていると考えています。

この「向き合っている様子」が重要です💡

しっくりきたら表情豊かに感情が湧いてきます。

しっくりこなかったら、考えている様子があると思います。

【授業展開】マラソン大会の時の自分と向き合おう

内容項目

小学校学習指導要領 特別の教科 道徳
内容項目A(主として自分自身に関すること)
<希望と勇気、強い意志>

題材について

毎年2月にマラソン大会に向けた持久走に取り組んでいる。生徒の体力に応じて適切な距離を設定したり、自己の目標を持って意欲的に取り組めるように記録表を活用したりして、個々の力を十分に発揮できるよう工夫している。

しかし、生徒が「苦しくて諦めたい」といった弱さや「友達に負けたくない」といったより高い目標をめざすことを意識して取り組んだ経験が少ない

そこで、これらの気持ちに気付き、自分と向かい合って、努力する自分自身の姿について考えることができるようにするとともに、強い意志を持ち、粘り強くやり抜くことの大切さに気付くことができる題材設定とした。

また、自分と向かい合って努力したときの気持ちを友達と共有して振り返りながら、自分自身や仲間との高めあいの良さや大切さなど、これからの生活でどのように生かしていくかを考えるようにした。

教材の工夫

【写真や動画の活用】
各自のマラソン大会当日の走る前、走っているとき、走り終えた後の様子や表情などに着目し、走る際中の心の葛藤について振り返って考えやすいようにした。

【気持ちの表現の工夫】
気持ちの棒グラフ(Teach U)をiPadで操作し、走りながら自分と向き合う中で感じた複雑な心の葛藤を表情イラストと4色の濃淡で視覚的に表現できるようにした。

画像引用元:特別支援教育のためのプレゼン教材サイト Teach U

【保健体育との連携】
毎回の練習後に、努力したことやその時に感じた気持ちを振り返る時間を設けた。周回数記録カードへ感想を書いたり、感じた気持ちを表情イラストから選んだりすることができるようにした。

授業中の様子(重度の知的障害がある生徒)

女子生徒Dは、教師とやりとりをする中で、走り終えた後のきつかった気持ちを「気持ちの棒グラフ」の中から悲しい表情イラストを選択し、表現することができた。

その発表を聞いた生徒が「きつかったときの気持ちがよく分かった。でも、よく顔を上げて頑張っていたよ」と声をかけ、拍手で賞賛していた。

女子生徒は、友達からの賞賛を受け「きつかった」と言う気持ちが「歩かずに最後まで走りぬいてよかった(代弁・翻訳)」と変わり、笑顔を見せていた。友達の賞賛により、自分の頑張りを認識する姿が見られた。

この「教師とのやりとり」は、日頃の様子を知っていて、当日のことも知っていて、コミュニケーションの取り方を知っている担任の先生やクラスの友達だからこそできることです💡

保健体育の授業とは異なる見方・考え方を働かせられるように指導・支援することが大切です💡

先生が道徳的価値をよく理解していると、代弁・翻訳する先生の言葉も道徳らしくなります。

論文では他の内容項目を扱った授業も紹介されています。
・内容項目C(主として集団や社会との関わりに関すること)<勤労・公共の精神>

まとめ

道徳の主担当の先生が、道徳の内容項目の視点で学校生活を見つめ直すことで、良い授業の題材が見つかります💡

児童生徒自身の写真を使ったり、他教科の成果物や記録表を使ったりして、自分の体験を道徳科の見方・考え方を働かせて見つめ直すことが学習活動のポイントになります。

先生の方でも、道徳科の見方・考え方を働かせながら学校生活全体で指導をしていくと、児童生徒の思考にも徐々に影響してくることと思います。

その結果が、道徳的判断、心情、実践意欲と態度として現れてくると理想的と考えています💡

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