肢体不自由の子どもを対象とした教材や支援グッズ、学習環境などを考える時には、授業者は以下の点を意識することが大切です。
- どの教科・領域を扱っているのか
- 何が目的で、何が手段であるのか
- 子どもが自分で取り組む学習活動
- 先生が補助していいポイント
これらを考慮した上で活動を展開しなかった時に、教材として扱っている物が移動したり、変化したり、操作した結果は出ますが、子どもがその中で何を経験したのか、何を学習したのかが定かではなくなることがあります。
そこで、今回の記事では、身体の動きの学習に関わる考え方を5つ紹介し、その中でどのような学習をねらうのかについて説明していきます。
(1)動きたくなる環境での自発的な動きの促進
環境設定によって子ども自身の「動きたい!」という自発性を引き出し、その上で学習活動を展開する時に「スヌーズレン」の考え方が役立ちます。
スヌーズレンは、重度知的障害者にかかわる支援者の、以下のような悩みから生まれたものです。
- 重度知的障害者の充実した生活を追求するにはどうしたらいいの?
- もちうる能力をさらに発達させる教育とは?
- 毎日の訓練はどこまで消化しきれているの?
- 教育訓練をしていることにどういう意味があるの?
「本人が興味を持ち、自発性が発揮される活動・環境を設定してみよう!」と考えて開始されたのがスヌーズレンです。
インターネットで「スヌーズレン」で検索すると上記のような暗い部屋でピカピカ光っている画像が多く出てくると思います。上の画像は国立特別支援教育総合研究所のHPから引用しています。
薄暗い部屋でピカピカ光っているのは理由があります。
重度の知的障害や肢体不自由がある人は、注意・集中が困難である場合が多いです。そこで、注意を向ける対象、集中する対象を明確にするために、光のコントラストで強調しています。
スヌーズレンは視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚、固有感覚、前提感覚を刺激することもあります。子どもの意欲が高まる、自発性が高まるような感覚刺激を通して、自発的な動き・活動を促していきます。
「子どもが自発的な活動をしているときに先生がどう関わるか?」が大事なポイントです。
学校教育の場合には、各教科・領域の目標・内容と照らし合わせて学習活動を設計することも重要です💡
こちらの記事は、肢体不自由の身体の動きの学習がテーマです。
学習目標を立てて、身体の動きの補助をしたり、必要に応じて言葉を添えたり、時には見守るなど、指導計画に沿って指導・支援していきましょう。
(2)動きやすい環境での新しい動きの獲得
学習時の姿勢保持に使用される補助具としては、座位保持椅子、立位保持装置、歩行器などがあります(上の画像は株式会社P.A.S様のHPより引用しています)。
他にもさまざまな補助具がありますが、ここではこれらの補助具を使った身体の動きの学習について説明します。
動きやすい環境で新しい動きを獲得するために、例えば「座位保持椅子」や「立位保持装置」などの補助具が有効です。これらの補助具は姿勢保持をサポートしてくれるため、学習姿勢を維持することが難しい場合に役立ちます。
姿勢保持の補助があるメリットは「手が自由になり、様々な作業に集中して学習できること」です。無自覚に①姿勢保持と②手先の作業という二重課題になっている場合、子どもにとって過負荷になる場合があります。姿勢保持の学習をする場合、手先の作業の学習をする場合など、その学習で優先となることを明確にすることが大切です。「目と手の協応」、「手先の作業(微細運動)」などが主目的であれば、姿勢保持に関わる負荷は軽減すると集中しやすくなると考えられます。
また、座位保持椅子や立位保持装置は、重力によって骨や筋肉に刺激を加えて衰えを防ぐ効果も期待できます。
The Spiderという補助具もあります。これは姿勢保持をサポートし、重力の影響が軽減された環境で身体の動きの学習ができるものです。
※下の画像はクラウドファンディング「身体の不自由な子どもたちが自由に遊べるイベントを開催したい!」から引用しています。
補助具を上手に使った学習をすることで、できることの幅が広がったり、活動への意欲が高まります💡発達の状況を考慮しながら、自分自身にとって補助具はどのような意味があるのか、生活での経験を通して考えてみることも自立活動として意義があると考えられます。
(3)使いやすくデザインされた道具を使って参加する
個々の子どもが使いやすいデザインの道具を使い、生活や学習に参加することは既に学校でもよく取り組まれています。
朝の会では、タブレット端末を使ったり、タブレット端末に接続されたスイッチを操作したり、扱いやすい大きさのカードを使ったりして、身体の動きやコミュニケーションのサポートを受けながら参加します。
これはコミュニケーションに関わる身体の動きを補助しているため、拡大代替コミュニケーションとして捉えることもできます。
ボールを投げることが難しい場合には、ボールを飛ばす代替の方法を考えます。
例えば、発射台を使用してボールを飛ばすことができるダンボール製の道具や、リング部分を引っ張ると洗濯ばさみが外れてボールを飛ばすことができる道具があります。また、リングを握ることが難しい子供は、リストバンドに手を通して使用することができます。
図工や美術の授業では、手先の動き・手首の動き・握力などが関連して、道具を使うことが難しい場合には、身体の動きに合わせた補助具を使います。
これらの補助具は、100円ショップにあるものを素材にして、アイデア豊富な先生が自作されることが多いです。
食事に関しては、食べやすい形状での提供が行われます。口腔機能の状況に応じた給食が用意されることで、子どもたちは給食の時間に参加することができます。
食べるための身体の動きの学習も大切です。
- 咀嚼・嚥下
- 食器の操作
- 口に運ぶまでの食べ物の扱い(すくう、さす、はさむ…。)
本人ができる動き、使いやすい道具など、家庭とも連携しながら進めていくことが欠かせません。
さまざまな補助具を使いながら「自分の意思で行動・遂行できた経験」が大切です💡
道具の工夫と合わせて、サポートしてくれる人へ自分の意思を伝えることも大切です。
(4)日常生活の中にある道具を使う
日常生活の中にある道具を身体の特徴に合わせてカスタマイズする考え方が「(3)使いやすくデザインされた道具を使って参加する」でした。
こちらは逆の考え方で、身体の特徴を理解した上で、道具の方へ身体の動きをフィットさせていきます。
※なお、“逆の考え方”と書きましたが「どちらが正しい、どちらを目指すべき」というような比較をするものではありません。それぞれの状況で自由を感じられる手段を選択できたらと思います。
具体的な例として、東京大学の熊谷晋一郎先生の説明を引用いたします。
一人暮らしを始めてから私は、その後もモノや人との関わりの中で、手探りで私の身体の動かし方というものを次々に生み出してきた。
たとえば、机の上に置かれたコップを手に取るとき、手のひらをコップのフォルムに合わせて変形することが難しく、多くの人たちと同じようにはコップを持つことができない。
つまり、他人がコップを持つときの動きを想像的に取り込むだけでは対応できないのである。
私には他人の動きを参考にしつつもそれをアレンジして、基本的には試行錯誤によって、私の身体の条件とコップの形や材質とをすり合わせるように、可能なコップの持ち方を探ることが必要だった。
その結果、両手の甲でコップをはさむようにして持つという、オリジナルな動きが生まれた。
熊谷晋一郎(2009)リハビリの夜(シリーズ ケアをひらく)、医学書院
熊谷先生は脳性麻痺があります。
パソコンのキーボードを使う時には、自身の身体の動きを合わせて使っておられます。
同様に、コップの使用でも熊谷先生は身体の状態を踏まえて対応します。
重たい陶器のコップにストローを挿す代わりに、紙コップでも身体の動きを合わせて飲むことができます。
熊谷先生の書籍を読んでいて感動するのは、こうしたプロセスを詳細な言葉でご説明されるところです。
※上の画像はから「熊谷晋一郎(2009)リハビリの夜(シリーズケアをひらく)、医学書院」から引用いたしました。熊谷先生の「リハビリの夜」は、当事者としての視点から非常に分かりやすく書かれており、学びがあります。かなりおすすめの書籍です。
日常生活の中で、多くの人と同じ動きをすることだけが身体の動きの学習目標ではありません。その人ができる身体の動きと物を適合させることも重要です。
例えば、多くの人と同じようなコップの使い方を目指そうとすると、手首を緩めたり、適度な力で指を開いたり握ったり、安定した力を維持できるようにすることが重要になります。一方で、他の選択肢として、熊谷先生のように自分なりの方法を発見していく方向性もあります。
自分なりの方法を発見していくプロセスは、前例のないチャレンジに似ていますので試行錯誤が必要です。時間もかかるかもしれませんし、他者が「正解!」といってくれることもありません。
心理的な安定(障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲に関すること)とも関連付け、学習プロセスも重視することが大切になると考えています。
身体の動きの学習は「多くの人と同じ動きができるようになること」が目標ではなく、学習上又は生活上の困難が改善・克服されることです💡本人なりのやり方を編み出していくプロセスを学習すると、課題解決に向けた本人の主体性も高まっていくと考えられます。
(5)健康の保持や身体の機能維持
同じ姿勢が長く続くと褥瘡や廃用症候群の可能性が高まります。様々な姿勢を取ることは健康維持や変形拘縮の予防にとって重要です。そのため、適切な補助具を使用することがあります。それぞれの状況に合わせて、身体を動かせる範囲や身体への負担を考慮して選択します。
特に、重度の肢体不自由重度がある場合、本人自身では姿勢の管理が難しいため、他の人にサポートを依頼します。
例えば、熊本県在住のあそどっぐさんは、重度の肢体不自由があるため、自分の要望を言葉で伝えて生活されています。自身の身体の状態に基づいて、足や首などの特定の部位の調整を求めておられます。これは経験に基づく学びかもしれませんが、自身にとって必要な動きや姿勢を理解し、介助者に適切に伝えることで、健康の維持や変形拘縮の予防に関与しておられます。
上記の写真のように、姿勢変換を補助するためにクッションやタオル、マットなどを使う場合もあります。
その他にも、装具をつけて生活している子どもたちも多くいます。装具は身体や姿勢を整えるために使用されます。身体の動きを補助する役割もあります。
こちらは短下肢装具です。
学校では脚につけて、身体の補助を受けながら歩く姿をみかけることがあります。
「言われるからなんとなく着けるもの」なのか「自分でその必要性を理解して着けるもの」なのか、長期目線ではその違いは大きいです。
自分が不安なく歩いたりできるように、装具の着脱についても適切にコミュニケーションをとって、しっくりくる状態にできることも大切なスキルです。
※三浦医工デザイン株式会社様のHPから画像をお借りしています。
現在では、サイバーダイン社が開発したHAL®︎のような装置もあります。自分自身の身体のリハビリや、補助具に関する様々な情報にアンテナを張り、自分から能動的にアクセスできるような力も教育によって育まれる力です。
心身機能の維持・向上のために、装具や補助具を活用したり、自分の身体を補助してもらうためにコミュニケーションを上手にとったり、教育としてできることはたくさんあります💡
まとめ
この記事を読まれている方の多くは、教育に関わる先生方だと思います。
教育の専門家として「子どもの資質・能力をどのように育みたいか」を考えることが大切です。身体の動きを主軸とした自立活動であっても、学習上又は生活上の困難を改善・克服しようと考えたらさまざまなことが関わってきます。
- 頼みやすい関係性、介助に関するコミュニケーションがとりやすい関係性を気づく(人間関係の形成)
- 気持ちのいい依頼の仕方やお礼、介助方法やフィードバックの伝え方(コミュニケーション)
- 改善・克服の意欲が高く、周囲に支援者や応援者を増やす人柄(心理的な安定)
- 自分のオリジナルな身体の特徴についての知識・理解(健康の保持)
- 状況に応じた手段の選択(環境の把握)
上記以外にも、教えていきたい内容は多岐にわたります。
「本人にどういう力を身につけさせたいのか?」
これを常に考えながら授業や日常的な関わりを充実させていきたいですね💡
コメント